
こんにちは。田中絃姫です。名前からお分かりかと思いますが、生粋の韓国人です。夫はこれまた生粋の道産子で、小学生の娘と3人家族です。今から、約10年ほど前に、北海道にお嫁に来ました。
生まれは、全羅北道南原郡と言うところです。日本ではあまり知られていませんが、李氏朝鮮時代の古典『春香伝』の舞台になった町です。
『春香伝』は韓国では有名で、映画や舞台などになっている、身分違いの男女の一途な恋の物語です。最後はハッピーエンドなところは違いますが、言わば、韓国版『ロミオとジュリエット』と言うところでしょうか。
だからね、私も一途な所があるんですよ。主人とは、韓国で友人の紹介で出逢いました。結婚して北海道に来るまで、韓国と北海道とで遠距離恋愛でした。同じ日本でも九州なら近かったんですけれど。しかもね、私は一生懸命日本語を覚えたのに、主人は全然韓国語を覚えてくれなくてね。でも、愛があったから、目と目で通じ合ってたんですね。あっちょっと惚気ちゃいました~。
六歳のときに母を亡くして、それで父と兄とソウルへ移りました。それからは、女手は私一人だったので、食事の準備やなんかは私の仕事でした。好きとか嫌いとかじゃなく、もう、やらなくてはっていう感じでしたけれど、家事が遊びでした。まるでママゴトをしているみたいでしたよ。兄が厳しい人だったのもありましたが、自分でもきっと好きだったのでしょうね。食材にも詳しかったですし、料理上手といわれていました。

母は亡くしていましたが、ソウルには親戚のおばさんもいましたし、見よう見まねで覚えていきました。小学生ながら、自分でキムチもつくってました。韓国ではキムチの上手な女はいい奥さんになれると言われていてね、絃姫のつくるものは、美味しいって評判でした。白菜100個を使ったキムチを一人で作って、周りの大人を吃驚させたりしていました。キムチの天才少女だったんですよ~なぁんて。言いすぎでしょうかね?兄の友人が、私のキムチが出来るのを待ってたりね。ほんとに、みんなに美味しい美味しいと言われました。だからね、キムチにはもう断然自信があるんですよ。その時は、まさか北海道でキムチ店をやるなんて思いもしてませんでしたけれどね。
北海道にお嫁に来て、一番大変だったのはやっぱり言葉の壁ですね。主人とは、言葉がなくても目と目で通じ合ってたので、良かったんですけれど、主人の親戚の方とは、そうじゃないですからね。でもね、私がこの人を愛すると決めて、韓国からお嫁に来たので、乗り越えられました。最初は韓国に帰りたいときもありましたけれど、私から北海道を愛すると決めてから、だんだん良くなっていった気がします。
そのうち子供が生まれて、で、同じくらいのお子さんを持っている、ご近所の奥さんたちがうちに遊びに来るようになって。。。主人はその頃出張が多い仕事でしたから、集まりやすかったと言うのもありました。
そうこうしているうちに、やっぱり美味しいキムチだからということで、うちで、ちょっとずつ売るようになっていきました。それがだんだん増えてきてね、自分の家族だけで食べるのと、みんなに売るのとではやっぱり量が違います。アタリマエだけど。
ある日、キムチの匂いとか、白菜のこっぱをごみに出す量とかが気になりだした頃に、清掃局の人が来たんです。『そちらでキムチを売ってますよね?』って。
物凄いどきどきしてね、怒られると思って。それで、もう必死になって『いえいえいえいえ・・・、売ってませんよ。キムチなんて売ってません!』ッて言って、帰ってもらったんですけど。
後から聞いたら、調べに来たんじゃなくて、知り合いから『美味しいキムチだから』って紹介されて、ほんとにキムチを買いに来ただけの人だった。と言う事がありました。
それから、なんと言っても自宅ですしね、ご近所の手前と言うのもあるしで、このままじゃ駄目だなぁ、と言う事になって、お店を今のところに出して、4年になります。

内装も、ありがたい事に、知り合いの人が『俺に任せとけ』っていう感じで、やってくれて。北海道の人はほんとに気持ちが温かくて、感激してしまう事がしばしばです。だから、主人の生まれ育った町でもありますし、北海道のものを使ったキムチを作りたいなと思っています。もちろん、地場のものは野菜が新鮮で力があるし、北海道の気候が韓国に似ているところがあって、いい野菜がとれる、と言うのもあります。そうは言っても、野菜には旬があるので、季節的に難しい時もあるんですけれど。。。それでも、やっぱり北海道のものがとれるときは、全部北海道産の野菜を使ってます。

お店は、家に遊びに来る感じで、子供を連れてでも気軽に来れるように、こじんまりとしたつくりになってます。今は食事の方はちょっと手が回らなくて、お休みしているんですけれど、落ち着いたらまた再開したいと思っています。
韓国では、キムチは家庭料理です。その地方ごと、家庭ごとに味がちょっとずつ違います。私のつくるキムチは、やっぱり私の家庭の味です。
私の父は、男手ひとつで私たち兄妹を育ててくれました。食事づくりは私の役割でしたけれど、いいものを食べさせてくれました。
いいものと言っても、高級なもの、と言う意味ではありませんよ。体にいいもの、自然な素材、そういうものを食べさせてくれました。
いま、私も親になって、ますます子供には、体にいいもの、添加物のなるべく少ないもの、手づくりのもの、を食べさせたいと思っています。同じようにうちのキムチを愛してくださっているお客様にも、体にいいキムチをお出ししたい。お食事中の方がいらしたらごめんなさい。でも、だからお客様に『お通じが良くなったのよ』とか『冷え性が良くなったのよ』って言っていただくと、ほんとに嬉しいのです。

これからも、韓国の唐辛子と、北海道の新鮮な野菜を使って、体に優しい美味しいキムチを作り続けていきたいと思っています。ひとつひとつ手づくりですから、工業生産と違って沢山は出来ません。でも一人でも沢山の人に美味しいよって喜んでいただけるよう、頑張っていきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。
1965年8月30日生まれ(全羅北道南原郡)
1972年 7歳の時にソウルへ
1983年 社会人になる
1988年 ソウルオリンピック開催
1993年 北海道へお嫁に来る。28歳
2年半の間、ご主人の実家でお世話になる。
1999年 出産。
2000年 小さく商いを始める。
2003年 現在の場所にお店を出す。
2007年 現在。新たなチャレンジ。。。